仏教・寺・神道・神社

立石山西覚寺

先日の記事にも書きましたが、わたしの父方の祖父のお墓(納骨堂です)は、菊池市にある西覚寺というお寺にあります。
山号は立石山といい、宗派は浄土真宗本願寺派(西本願寺)です。
古いお寺で、中世の菊池五山のうちのひとつに数えられています。

本堂です。
破風のコテ絵がすばらしいです。

本堂の裏手には広い庭園があります。


いつも、今の時期、八月盆になると、睡蓮がきれいに咲いているので、墓参の後で庭を見るのも楽しみの一つです。


いろいろな色の睡蓮があるのです。
【白】


【薄いピンク】


【薄い黄色】


【薄い赤】


西覚寺の山門近くに記念碑が二つあります。
それを読むと、いくつかの苦難の歴史がかいまみれます。

記念碑に書かれているものを抜き出してみますと…


当山十三世 五十回忌 記念事業之碑

           …思ウニ今ヲ去ル九十
 ニ年前明治十年四月十日西南ノ役ニ薩軍ノ西
 覚寺本陣トシテ據ル処ナリシモ戦敗レ薩軍去
 リシヨリ明治政府軍ノ放火ニヨリ本堂庫裡樓
 門土塀等悉ク消失灰燼ト期セリ、時ニ祖父ニ
 十九才也戦終リ本堂建立ニトリカカリシモ悲
 シクモ門信徒ノ協力ヲ得ラレズ三町八反ノ田
 畑等スベテノ私有財産ヲ売リ拂イ本堂庫裡ヲ
 建立ス現在ノ庫裡ハ袈裟尾ヨリ会所古家ヲ求
 メ祖父自ラ車ヲ曳キ運ブト聞ク在世中艱難辛
 苦トタタカイ貧苦ノ中ニ此ノ世ヲ去ル 又晩
 年後世ノ為ニト寺内ノ寺ト訣別シ現在当寺ノ
 基礎ヲ築ク…


なんと…西南の役の際には、薩軍が去った後で政府軍が寺に放火をしているのです。
ビックリ! 政府軍なのに放火なんて… 火付盗賊は重罪です!
神仏分離令を出して更には廃仏毀釈を放置した政府の軍隊なのでそんなものなのでしょうかねえ?


もう一つの記念碑に書かれているものを抜き出しますと…


   西覚寺開山五百年記念事業を終えて
  明応五年(一四九六年)菊池能運公(17才)の招請を受け
 立石の地に西覚寺建立をせられた初代了善法師(24才)
 加藤清正公と親交の三代常念さま、西南の役に於て
 西郷南州公からの協力依頼で物心両面に亘り命を
 かけて盡力申し上げた、悲劇の祖父十三世普行さま
 ……

 …世界の西郷南州公は歴とした菊池一族で菊池氏
 滅亡のあと、鹿児島の方となられました。 御子様の
 お名前を菊丸様と名づけられたことでも解ります
 初代了善法師(高千穂稲葉之守大塚之惟世)
 西覚寺建立の頃、宮崎の高千穂家は全盛時代で
 四十八外城肥後の白水村までが高千穂の領でございました。
 西覚寺建立から九十五年目、天正十九年十一月三日
 信長の命により高千穂家は滅亡されたのであります。
                     合掌

「西郷南州公」というのは、西郷隆盛公のことです。
西郷隆盛公は一時、「菊池源吾」と名乗っていた時があり、その名前は「吾の源は菊池」と読めると聞いたことがあります。

立石山西覚寺の場所は、こちらです↓

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天草の鈴木神社

 四年ほど前(H17.10.07)に天草に旅行したときに立ち寄った「鈴木神社」の写真がありましたので記事に載せたいと思います。

 鈴木神社は、天草・島原の乱後の天草の復興に尽力した天草初代代官・鈴木重成公をお祀りしてあります。
また、重成公の実兄で仁王禅で有名な鈴木重三公(鈴木正三和尚)、正三の子で重成公の養子であった天草第二代代官の鈴木重辰公もお祀りしてあります。

 天草というと”キリシタンの島”と思われがちですが、キリシタンは天草・島原の乱でほぼ壊滅して残っておらず、江戸期を通じて禅宗の影響が強かったと聞いております。

正面の鳥居です。

拝殿正面です。

由緒書の看板にはこのように書かれていました。


  鈴木神社由緒

  鈴木神社は切支丹の乱後の天草を復興し済世救民のために身命を賭し
 給うた鈴木三郎九郎重成公 鈴木九大夫重三公 鈴木伊兵衛重辰公
 を御祭神とする神社である。 世に「すずきさま」の名で親しまれ三神の偉徳は
 「鈴木精神」と仰がれる。
  寛永十四年 唐津藩主寺沢志摩守支配下の天草では万余の民が
 その苛政に抗して蜂起し島原の民と呼応して遂には原城の露と消えた。
  大乱の後天領となった天草の初代代官鈴木重成公は寛永十八年より
 承応二年に至る十二年間 三河武士の果断と卓越した識見 深い慈愛
 を傾注して、亡所と化した天草の再建に尽瘁せられたのであった。 即ち一揆犠
 牲者の慰霊 殖産 移民誘致 行政組織の再編 海浜防備 農漁民の
 地位保全 衛生の普及 社寺の創建と復興 雑税の減免等の諸施策が
 それである。 かくて我らが祖先の生活と心は徐々に向上と安定に向かった。 その
 仁政の蔭に 実兄鈴木重三 正三 公の深い思想と助言建作が大いに
 与って力があったことも我々の銘記すべきところである。 しかし天草の
 困窮の源は、土地の生産力の実態を無視した石高の査定(四万二千
 石)であった。 代官はみずから再検地して 幕府に対し天草の石高
 半減を建議 再三の請願も容れられぬと看るや 領民塗炭の苦
 を除かんと赤心を披瀝し、承応二年十月十四日 江戸の自邸に割
 腹して果てられたのである。
  二代代官 鈴木重辰公 またよく先代の仁政を継承し 更にその熱願
 達成のため挺身せられたため 重成公七年祭の万治二年 幕府は遂
 に天草の石高を二万一千石に半減する旨指令を発した。
 島民ひとしく先代の遺徳をしのび、請うて遺髪をこの地(御本殿後方)に埋
 葬し感謝報恩 慰霊顕彰の篤い念を発して鈴木社を建立した。 当社はその後
 島内三千余に及した鈴木社の本社となり今日に至るその間 文政六年「鈴木明神」
 号下附 文化八年鈴木明神伝碑建立 安永七年社殿新築 天明八年重三重辰
 ニ神を合祀 奉納相撲大いに賑わう。明治十七年社殿改築、昭和十七年復興奉賛
 運動昂揚するも大戦により中断、昭和三十四年石高半減三百年記念大祭 昭和五十
 八年重成公没後三百三十年大祭並びに記念事業として拝殿の改築その他を奉
 仕した。 鈴木三神の広大な御神徳と 三神を敬仰する天草島内外の信
 篤き人々の心とが相和し相応して御神威ますます高まり恩徳はいよいよ深い。
   身を整え心を清めてお参りましょう。御神徳を讃え感謝の真心でお祈りしましょう。
   神を敬い世のため人のために奉仕する心の輪を家庭と地域社会に広めましょう。

                          鈴木神社社務所

この場所の地図です。


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『立正安国論』奏進750年

 長らく記事を書いておりませんでしたが、今日はタイトルに書いたとおりの記念の日なので、少し記事をアップしようと思い立ちました。

 今を去る750年前の文応元年(1260)7月16日、時代は鎌倉時代、日蓮聖人は前執権の北条時頼に宿屋左衛門入道最信を介して、『立正安国論』を手渡しました。

 『立正安国論』は、当時の打ち続く天変地異・飢饉・疫病の原因を、日蓮聖人が経典の中に求め、「勘え(かんがえ)」た文書です。 「勘える」というのは、為政者の命で事件や天文・気象などの吉凶を陰陽師等が故実や古文書に求め報告することをいいます。 『立正安国論』は日蓮聖人が為政者の命を受けたものではないので、私的な勘文といえます。
 (「勘え」云々は、『立正安国論』の奥書にその記載が見えます。
  「文応元年太歳庚申之を勘ふ。 正嘉に之を始めてより、文応元年に勘へ畢(をわ)んぬ。」

 『立正安国論』は、「旅客来たり嘆きて曰く…」から始まり、旅客と主人との問答形式で話が進んでいきます。
その問答の中でいろいろな経文から引用される形で、最近の天変地異・飢饉・疫病の原因は、日本国中の人々が正しい信仰をしないがために、「善神去って悪鬼来る」がために起こる。」と結論づけられていきます。

 そして最後の方で、主人が
 「汝早く信仰の寸心を改めて、速やかに実乗の一善に帰せよ。 然れば即ち三界は皆仏国也。 仏国其れ衰えん哉。 十方は悉く宝土也。 宝土何ぞ壊(やぶ)れん哉。 国に衰微無く、土に破壊(はえ)無くんば、身は是れ安全にして、心は是れ禅定ならん。」
と言われます。

 それに対して旅客も了解し、今までの信仰(「一仏〔阿弥陀仏のみ〕を信じて、諸仏を抛(なげう)ち、〔浄土〕三部経を仰ぎて、諸経を閣(さしお)きし…」)は誤りであったことに気づき、速やかに自分も信仰を改め、他の人の誤りも誡めようと答え、問答が終わります。
※注: [ ] 内は管理人注釈。

 さて、『立正安国論』奏進の翌年、弘長(1261)年5月12日に日蓮聖人は伊豆へ流罪となります。
理由としては、その激しい他宗(特に浄土宗)非難にあったとおもわれます。
しかし、法然上人による、「法華等の諸行等を、”捨・閉・閣・抛”し、念仏のみ行う」信仰が、「善神去って悪鬼来る」原因と考えられるのならば、激しい非難もうなずけます。

 ともあれ、750年の歳月… この国、いや世界に「善神」は帰って来てくれているでしょうかねぇ?think

映像がぼけていますが、
下の写真は『立正安国論』(略本)真蹟影印です。
全36紙のうちの、第1紙(上)、第2紙(下)
(『原文対訳 立正安国論』 北川前肇 編  大東出版社 発行 P121より)

合掌

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久しぶりに休み…で、美術館に行きました。

 今日は久々に雨で予定も仕事も無い日となりました。
そういうわけで、今日はいくつかの用事を済ませた後、熊本市内にある「島田美術館」へと行ってきました。

島田美術館では現在、無料ギャラリーでは、仙台に在住の外国人禅僧の如玄・ノバクさんとエバ・妙心さんの佛画と禅画の展示があっています。 (4月12日迄)

島田美術館・公式サイト:http://www.shimada-museum.net/
上記サイトで、「News & Event」をクリックしてください。

妙心さんは佛画の展示。 密教の諸佛のお顔を鉛筆で描かれています。
妻は「大日如来」に惹かれていたようですが、わたしは「観世音菩薩」に惹かれます。

如玄さんは禅画の展示で、菩提達磨や寒山・拾得や円、動物画(猫とか烏とか)があります。
中でも私が気に入った二点は、猫が虫を眺めている画、そして鳥が達磨大師にお礼を言いに来た画でした。

猫の絵はたいへん和みます。 横目で虫を見ている猫。 ジイーッと見ている。 でも何もしない…

達磨大師と鳥の画は、達磨大師の逸話です。
達磨大師は動物の言葉が理解できたといいます。
ある時、かごの中の鳥が達磨大師に自由になりたいがどうしたらよいか尋ねました。
そうしたら、達磨大師はそれならば目を閉じて足を伸ばし決して動くなと教えました。
鳥がそのようにしたところ、飼い主は鳥が死んだと思いかごから出してしまったので、鳥はそことばかり飼い主の手から逃げ出したということです。
鳥はその後、達磨大師を探し出してお礼を言いに行きました。
このお話は、人はもちろんのこと生きているものは全て自由になりたいのだというお話…

展示案内にこのように書いてあったところ、横で一緒に見ていた妻がボソッと言いました。
生まれたということ自体が不自由なのかもね…

う~~ん! 重い一言ですな~~

現在、島田美術館では、「宮本武蔵と近世肥後の文武」と題した展示(有料)もあっております。(8月24日迄)
こちらも重文級の展示なのでスゴイです。


今日は行く事ができませんでしたが、熊本市内の鶴屋百貨店では、「道元禅師の教えと永平寺展」が始まりました。
テレビに流れたニュースでは、坐禅の指導もあっているようです。(4月12日迄)
(紹介サイトはこちら:http://kumanichi.com/news/local/main/20090404003.shtml
こちらにも惹かれるのですが… 仕事で行けないだろうなあ。

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禅宗系宗派のブックマーク


◆ 臨済宗・黄檗宗(公式サイト:臨黄ネット)
  http://www.rinnou.net/


◆ 財団法人 禅文化研究所
  http://www.zenbunka.or.jp/


  〒604-8456 京都市中京区西ノ京壷ノ内町8-1
        花園大学内
        ℡075-811-5189


◇ 臨済宗

  各派大本山(五十音順)

  ○ 永源寺派

    瑞石山 永源寺 (臨黄ネット本山紹介


    〒527-0212 滋賀県東近江市永源寺高野41
          ℡0748-27-0016


  ○ 円覚寺派

    瑞鹿山 円覚寺
    http://www.engakuji.or.jp/


    〒247-8503 神奈川県鎌倉市山ノ内409
          ℡0467-22-0478


  ○ 建長寺派

    巨福山 建長興国禅寺
    http://www.kenchoji.com/


    〒247-8525 神奈川県鎌倉市山ノ内8
          ℡0467-22-0981


  ○ 建仁寺派

    東山 建仁寺
    http://www.kenninji.jp/


    〒605-0811 京都市東山区小松町584
          ℡075-561-0190


  ○ 向嶽寺派

    塩山 向嶽寺 (臨黄ネット本山紹介


    〒404-0042 山梨県塩山市上於曽2026
          ℡0553-33-2090


  ○ 国泰寺派

    摩頂山 国泰寺 ((臨黄ネット本山紹介


    〒933-0133 富山県高岡市太田184
          ℡0766-44-0610


  ○ 相国寺派

    万年山 相国承天禅寺
    http://www.shokoku-ji.or.jp/


    〒602-0898 京都市上京区相国寺門前町701
          ℡075-231-0301


  ○ 大徳寺派

    龍宝山 大徳寺 (臨黄ネット本山紹介


    〒603-8231 京都市北区紫野大徳寺町53
          ℡075-491-0019


  ○ 天龍寺派

    霊亀山 天龍寺 (臨黄ネット本山紹介


    〒616-8385 京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町68
          ℡075-881-1235


  ○ 東福寺派

    慧日山 東福寺
    http://www.tofukuji.jp/


    〒605-0981 京都市東山区本町15丁目
          ℡075-531-5207


  ○ 南禅寺派

    瑞龍山 太平興国南禅禅寺
    http://nanzen.com/


    〒606-8435 京都市左京区南禅寺福地町
          ℡075-771-0365


  ○ 佛通寺派

    御許山 佛通寺
    http://www.buttsuji.or.jp/


    〒729-0471 広島県三原市高坂町許山22
          ℡0848-66-3502


  ○ 方広寺派

    深奥山 方広寺
    http://www.houkouji.or.jp/


    〒431-2224 静岡県浜松市引佐町奥山1577-1
          ℡053-543-0003


  ○ 妙心寺派

    正法山 妙心寺
    http://www.myoshin.com/


    〒616-8035 京都市右京区花園妙心寺町64
          ℡075-463-3121



◇ 黄檗宗

  ○ 黄檗山 萬福寺
    http://www.obakusan.or.jp/


    〒611-0011 京都府宇治市五ケ庄3番割34
          ℡0774-32-3900



◇ 曹洞宗(公式サイト:曹洞禅ネット)
   http://www.sotozen-net.or.jp/


  ○ 吉祥山 永平寺
   (禅の里永平寺へようこそ:http://www.mitene.or.jp/~katumin/
   (福ふくガイド:http://www.fuku2.co.jp/eiheiji.html

    〒910-1228 福井県吉田郡永平寺町志比
          ℡0776-63-3102


  ○ 諸嶽山 總持寺
    http://www.sojiji.jp/


    〒230-0063 横浜市鶴見区鶴見2丁目1番1号
          ℡045-581-6021


  ● 總持寺祖院
    http://www.t-monzen.jp/~notosoin/


    〒927-2156 石川県輪島市門前町門前1-18番甲地
          ℡0768-42-0005 /


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もうすぐ咲きそうです。

 今日は少々風が冷たい一日でした。

でも梨の花芽は少しずつふくらんでいっています。

Rimg1593s

さっき撮った写真なので夜になって暗いですが、花芽がふくらんで白い風船のようにふくらんでいるのが、わかるでしょうか?


明日、明後日にはいっせいに咲くことでしょう。
そうすれば、花粉付けをしなくてはなりません。
これで一年に収穫が決定されるので、一番大事な仕事です。

更に… 今日はかなり冷え込んでいます。
遅霜が懸念されますので、防霜対策も大事です。
さっき、義父が準備していました。


話は変わって…
今日、会社から帰る途中で檀那寺に寄って「写経の会」の申し込みをしてきました。

Docu08033101s

わたしは今年で6回目の参加です。

この写経の会は、加藤清正公の一周忌に、清正公菩提寺の肥後本妙寺三世の日遥上人が、公の供養のため法華経一部を写経し墓前に納め、三回忌には、肥後本妙寺の全山の僧たちが、一晩で法華経一部を写経し納経した故事にちなんだ行事です。

7月23日の清正公お逮夜は「頓写会(とんしゃえ)」というお祭りで本妙寺はにぎわいます。
「頓写」とは、すばやく書き写すという意味があり、前に書いたように一晩で法華経を写経した故事のことです。

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写経(追記あり)

今から写経を、1枚と4分の3、仕上げなくてはなりません。

↓写経中
Rimg1109s
明日は、写経の会で写経を納めてこなければなりません。
この写経は、7月23日の肥後本妙寺の頓写会で、加藤清正公の前に奉納されます。
頓写会(とんしゃえ)の「頓写」とは、「早く書き写す」という意味があります。

加藤清正公の一周忌の際に、当時の本妙寺の第三世・日遥上人が法華経一部を写経されたのが始まりで、その後は、全山の僧侶が一晩のうちに法華経一部を写経するようになりました。

今では、日蓮宗熊本県青年会が主催で写経の会を実施し、約500人の信者が手分けして法華経を写経しています。
写経された用紙は、青年会の手で巻子本(巻物)に仕立てられ、頓写会にて奉納されます。


肥後本妙寺 (發星山本妙寺)

Rimg0144s
←浄池廟(清正公の御廟)上り口

  勅額門と大本堂→



←浄池廟へ至る階段





←浄池廟門





←浄池廟拝殿
(この裏手に浄池廟があります)

Rimg0704s
Rimg0705s「勅願道場」の書は、 東郷平八郎による。






この場所の地図


(MapFan地図
著作:インクリメントP㈱)







Rimg0706s
Rimg0001s



写経用紙は4月の第三土曜日に頂いていたのですが、なまけもののわたしは、ギリギリになってあわてています。



6月16日(土) 14:00~
日蓮宗熊本県宗務所二階で、写経の会2回目がありまして、無事に写経を納めて参りました。
今年の参加者は約570名で、法華経一部八巻が8部出来上がるとのことでした。
…というと、8巻×8部で、64巻も出来るってことかあ~~
ちょっとビックリです。
青年会のかたたちも製巻が大変だろうなあ。

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小岱山正法寺 と 月輪大師俊芿

小岱山正法寺は、真言宗泉涌寺派の総本山、御寺泉涌寺の末寺で、泉涌寺を開山した月輪大師俊芿(しゅんじょう)ゆかりのお寺です。

尚、御寺泉涌寺は歴代皇室の菩提所であり、以前は「みてら参り」と称して日本の仏教徒なら一生に一度は参拝するような寺院でした。
しかし、明治後の廃仏毀釈や戦後の政教分離政策により、皇室の御守護ひとすじだった御寺泉涌寺は、その維持がかなり難しくなっているとのことです。
今では秋篠宮殿下が総裁となられている「御寺泉涌寺を護る会」が、御寺泉涌寺の護持に努力されています。



Rimg0792小岱山正法寺
熊本県荒尾市樺  この場所の地図
  (MapFan地図 著作:インクリメントP㈱)

Rimg0794





俊芿は、西暦でいうと1200年頃…平安時代末期から鎌倉時代初期に活躍した僧侶です。
そもそもは天台宗の僧侶だったようです。


この頃だけに限った、しかもほんの一部分の、天台宗内の師弟関係図です。

        ┌→俊芿
        │   ┌→信尊
      皇覚┼→俊範┼→静明
     ┌──┘   │
     └→皇円─┐ └→蓮長(日蓮)
          ↓
        ┌→源空(法然)┬→証空
  良忍─→叡空┘    ┌─┘
             ↓
           ┌→綽空(親鸞)
         慈円┘

双葉社刊 「わが家の宗教を知るシリーズ うちのお寺は天台宗」より抜書き。


俊芿は、仁安元年(1166)肥後国飽田郡味子庄(今の熊本市付近)に生まれ、幼名「不可棄(ふかき)」、四歳で飽田郡池辺寺別当相房珍暁に預けられ、七歳の時には経論を読誦していました。
九歳で一旦親元に帰るも、味子庄県吏・源憑(みなもと・たより)の養子になり、後、飯田山寺の真俊の下で顕密を学びました。
そして十八歳で得度、十九歳で大宰府観世音寺で具足戒を受けています。

その後、京都・奈良で修学し戒律に意を傾けて行き、
建久五年(1194)、二十九歳にて、肥後国に戻り小岱山(その頃は墨摺山といった)に正法寺を開きました。
その当時は、筒ヶ岳の八合目あたりに正法寺はあり、俊芿に師事するために多くの学徒が集まったそうです。

伝 小岱山正法寺 址 (筒ヶ岳八合目)
  この場所の地図
  (MapFan地図 著作:インクリメントP㈱)

正治元年(1199)、俊芿三十四歳の時、弟子二名と共に宋に留学。
天台山、径山、四明山などで修学し、戒律、天台教観、浄土教などを学びました。
承元三年(1209)、10年の修行を終え帰国しようとしましたが、風悪く一時舟山列島の岱山島に寄港し、同地の補陀落寺に滞在することとなりました。
正法寺創建当時、まだ墨摺山といっていた小岱山ですが、俊芿が帰国した後、補陀落伝説のある舟山列島の岱山島になぞらえ、小さな岱山…小岱山と改名したという説があります。
建暦元年(1211)、俊芿四十六歳にして帰国しました。
ちなみに四書(『大学』、『中庸』、『論語』、『孟子』)が日本に渡来したのはこの年と記録にあるので、俊芿が請来した品々の中に四書があったという説が有力だそうです。

帰国した俊芿は一旦小岱山正法寺に戻ってから、京都に出て建仁寺及び崇福寺に入ります。
そして、建暦三年(1213)再び小岱山正法寺に帰り、内典外典を講じ、特に朱子学を講じていることは特筆されることです。(小岱山が日本朱子学発祥の地と言い伝えられる所以です。)

建保六年(1218)、俊芿五十三歳の時、請われて京都に入り中原信房公より、弘法大師の建立した仙遊寺の地を拝領して泉涌寺を開山しました。
元仁元年(1224)、俊芿五十九歳の時、後堀川天皇より、泉涌寺に官寺号を賜ります。翌年、重閣講堂を建立。
安貞元年(1227)、俊芿は六十二歳で、泉涌寺において亡くなりました。

尚、俊芿は、
応永十八年(1411)、後小松天皇より大興正法国師号を、
享保十一年(1726)、中御門天皇より大円覚心照国師号を、
明治十六年(1883)、明治天皇より月輪大師の称号を賜りました。


以上、荒井繁氏著『魅せられたる小岱の里』(自費出版)を参考にしました。


また、小岱山正法寺の奥の院とおぼしき御堂が、府本の上の方にあります。

Rimg0782Rimg0783

  この場所の地図
  (MapFan地図 著作:インクリメントP㈱)

これを更に登ると、筒ヶ岳山頂(小岱山山頂)に至ります。
(筒ヶ岳は小岱山のいくつかある峰のうちの最高峰です。)

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日蓮宗の誤解

みなさんは、たまに、「あなたは誰々に似ているね。」とか、言われませんか?
良い人、素敵な人に似ているといわれるのは嬉しいものですが、悪い人や変な人に似ていると言われると複雑な気持ちになるものです。

ところで、
わたしの家は日蓮宗寺院の檀家ですが、たいていの人は「日蓮宗」と「創価学会」を混同して、同じと思っている人が多いようです。
同じ「南無妙法蓮華経」と唱えるからでしょうけれども、全く違う団体であります。

また、「法華宗」や「顕本法華宗」「本門佛立宗」など、日蓮聖人の流れをくむ宗派がいくつかあります。
こちらの宗派のことを、「日蓮宗系」などと書く人もいますが、「日蓮宗」というと一つの宗教団体の固有名詞なので、「日蓮系」と呼ぶのが正しいです。

身近な例でいえば、「自動車業界」の中に「トヨタ自動車」や「日産自動車」「本田技研工業」があるように、
「日蓮系」の中に、「日蓮宗」や「法華宗」、ひいては「創価学会」があるということになります。

パジェロの件では三菱重工業がたいへん叩かれましたが、だからといって別の会社である「トヨタ自動車」や自動車業界全てが悪いと言われることは、絶対にありません。
でも、何故か、創価学会への批判が、いつの間にか別の団体である日蓮宗や日蓮系宗派への批判になっていることは、日常茶飯事なようです。

そもそもは…

弘安5年(1282年)に武蔵の国池上郷(現在の東京大田区池上)の池上宗仲の邸で日蓮聖人が亡くなった後、その教えは6人の高弟に引き継がれました。この6人を「六老僧」といいます。
日昭、日朗、日興(にっこう)、日向(にこう)、日頂、日持の6人です。

日蓮聖人亡き後は、六老僧による集団指導体制でしたが、日興上人と他の5人特に日向上人との軋轢が生じ、結局は日興上人は「富士門流」と呼ばれる流派をおこしました。
現在の創価学会は、この「富士門流」の系統になります。
ただし、「富士門流」の系統には、現在の「日蓮正宗」「日蓮本宗」という宗派があり、「創価学会」はあくまで在家の集団です。

日興上人が「富士門流」をおこした後、日昭上人の系統は「浜門流」、日朗上人の系統は「比企谷門流」、日向上人の系統は「身延門流」をおこしていきました。
日頂上人はその養父の日常上人の系統が「中山門流」をおこしてますが、日頂上人自身は富士重須に去っています。
日持上人は日蓮聖人十三回忌後に大陸に海外布教に行ったためその門流は無く、日持上人の系統の寺院は後世、日親上人の法縁に引き継がれています。

日蓮系宗派は、このように四分五裂していきますが、明治になってから一致派を中心に現在の「日蓮宗」が成立しています。
「日蓮正宗」「日蓮本宗」や「創価学会」を輩出した「富士門流」ですが、大本山・重須本門寺は、現在の「日蓮宗」に帰属しているので、日蓮宗の中に日興上人の系統が全く無いわけではないようです

* 尚、「一致派」というのは、法華経の前半14品(章)~【迹門(しゃくもん)といいます】と、後半14品【本門といいいます】に優劣は無いと主張する一派で、対する勝劣派は、本門が優れていると主張する一派です。


結局のところ、日蓮系宗派がゴタゴタしているのは、日蓮聖人没直後の因縁にまでさかのぼるようです。
なんか、兄弟げんかのようで、他の宗派の方はどのように思っておられるでしょうね…

ただ… やはり「日蓮宗」と「創価学会」の混同だけは、やめてほしいですねえ~
日蓮宗の宣伝不足のせいなのでしょうか…

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大師陀羅尼錠 (追記あり)

Docu0001Rimg0702
大師陀羅尼錠


「だらにすけ」を錠剤にしたもので、わたしは小さい頃からお世話になっている胃腸薬です。 はっきり言って、にがいです! が…良薬は口に苦し

製造・発売は、「有限会社 大師陀羅尼製薬」 (以前はたしか、金剛峰寺製薬だったと思うが。)

効能 : 食あたり、水あたり、はき下し、消化不良による下痢、下痢、くだり腹、軟便

成分 : オウバク、リュウタン、アオキ

高野山真言宗のお寺で売ってあることが多いようですが、なかなかどこにでもは売っていないのです。
ところが昨日、大分県宇佐市にある大楽寺で売ってあったのを見つけて求めてまいりました。
もう手持ちが無くなる寸前でしたので、ラッキーでした。
そこの奥さんに聞いたら、息子さんが胃腸が悪く昔から愛用していて10個ずつ本山から取り寄せているそうで、無くなったらまた10個注文するのだそうです。

ところで、
なぜに宇佐市か…といいますと、「大楽寺」は「九州西国霊場」の四番札所で、お参りに行ってきたのです。
有名な宇佐神宮の目の前にあるお寺で、宇佐神宮大宮司・至津家の菩提所だったそうです。
…なぜに神官の菩提にお寺…と思いましたが、神仏混交なのでかまわないのでしょうね。

宇佐宮 大楽寺
大分県宇佐市大字南宇佐2077  この場所の地図
               (MapFan地図 著作:インクリメントP㈱)

九州には、「九州西国霊場」という三十三観音霊場があります。
近畿の方には「西国霊場」という古い三十三観音霊場があり全国にもその写し霊場は数多くありますが、「九州西国霊場」は写し霊場ではなく、開創が和銅6年(西暦713)の古い霊場です。
一番札所は修験道で有名な英彦山から始まり、最後は奈良時代に東大寺とともに戒壇が設けられた大宰府の観世音寺で終わります。


▼下記記事「ビビったことも、あったりして。」に続く。


*追記*
大師陀羅尼錠
は、通信販売もしていただけるようです。 昨年(H21.02.03現在の)、わたしの父が電話で大師陀羅尼製薬に電話してとりよせることができました。 代金は薬と同封で振込み用紙が入っているので、その用紙で支払いました。

大師陀羅尼錠の製造元
㈲大師陀羅尼製薬
和歌山県伊都郡高野町大字高野山258番地
電話 (0736)56-2244 (代)

薬価 (すべて税別
50錠入 300円
100錠入 600円
180錠入 1,100円
210錠入 1,200円
430錠入 2,400円

なお、この薬価は平成20年中頃の価格で、現在の価格は製薬会社にお尋ねください。

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ビビったことも、あったりして。

「九州西国霊場」の三十三あるお寺には、いろんな宗派があります。
天台宗 ~ 16ケ寺、
真言宗 ~  8ケ寺(高野派2、智山派1、御室派1、
              霊雲寺派1、不明3)
曹洞宗 ~  7ケ寺、
臨済宗 ~  1ケ寺(東福寺派)
浄土宗 ~  1ケ寺
と、いった具合です。
わが日蓮宗は残念ながら一ケ寺もありません。

ところで、九州西国三番札所は、曹洞宗のお寺でした。

補陀落山 清水寺
大分県宇佐市大字清水443  この場所の地図
               (MapFan地図 著作:インクリメントP㈱)

表題に「ビビったことも、あったりして」と書きましたが、このお寺でありました。
このお寺では本堂とは別に観音堂が高まりに建っていまして、わたしは観音堂に入り込んでお経をあげさせて頂いたのです。
通常に、開経偈、方便品、寿量品、神力品とあげて、普門品の世尊偈(いわゆる観音経)を三回、そして何気にいつもの通りお題目を唱え出したら…
左側のお堂の壁から、”ギギギギギギ~~~”という大きな音が鳴り響き
出しました。

もう、そりゃあビビリましたよ! 背中は冷や水浴びたように冷たく感じました。 音はずっと鳴っています。
ひょっとしてお題目がいけないのか??
そこで、壁のほうに向かい、「お題目は相性が悪いですか?御免なさい。」と言って、光明真言を唱え始めたらやっと音がおさまりました。
そして体もようやく温もって事なきを得たと感じました。
曹洞宗のお寺なので同じ天台の系列だから…と思いお題目も大丈夫だろう、と思ったのがいけなかったのかなあ?

あとで御朱印をいただきに庫裏へ行き、奥さんに事の次第をお話したら、そんなことは初めてだとのこと。
奥さんにお茶を出していただき一服したら、どうにか興奮もおさまりました。

こんなこともあるんですねえ~
ぶるぶる…

*(この記事は2005/10 /27 15:17の投稿ですが、読みやすいように公開日時を変更しています。)

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御会式

10月13日は日蓮聖人のご命日にあたり、日蓮宗の各寺院では、「御会式」の法要が営まれたと思います。

東京では、
大田区にある池上本門寺や、杉並区にある堀之内妙法寺の御会式は盛大です。
江戸時代には、12日は池上本門寺に行き、13日の帰りに堀之内妙法寺に行くといったことが行われていたようです。

わたしの家の菩提寺である熊本市川尻にあります常妙山法宣寺でも、11時より御会式法要が営まれました。

今日のお経は、
・妙法蓮華経方便品第二
・妙法蓮華経如来寿量品第十六 ~ 三べん
・妙法蓮華経如来神力品第二十一
・日蓮大聖人御妙判「報恩抄」より
・正行 (南無妙法蓮華経)
・寶塔偈
でした。

御会式では、日蓮大聖人御妙判「報恩抄」の一部が拝読されます。
「報恩抄」は、建治二年(1276年)7月に、師である道善坊が亡くなり、その報恩回向のために著述されたものです。
この中で、日蓮聖人は道徳のうちで報恩こそが最も重要と説いてます。
そして、日蓮聖人が法華経の行者として得た功徳の全ては、師である道善坊に帰すると結んでおられます。

日蓮が慈悲広大ならば、南無妙法蓮華経は萬年の外未来までも流布すべし。日本國の一切衆生の盲目を開ける功徳あり。
無間地獄の道をふさぎぬ。
この功徳は伝教・天台にもこえ、龍樹・迦葉にもすぐれたり。
極楽百年の修行は、穢土一日の功徳に及ばず、正像二千年の弘通は、末法の一時に劣るか。
これ偏に日蓮が智のかしこきにはあらず、時のしからしむるのみ。


まだ、わたしは「報恩抄」の全文を読んだことが無いので、解説などとんでもないことなのですが、上記のところを拝読するにつけ、日蓮聖人は”時”というものを、とても重く見られている気がしてなりません。

「五義」というものがあります。
お釈迦さまの教えを把握するための五つの基準となるものです。
1.「教」
 釈尊が説いた膨大なお経を比較し最高のものを知る。
2.「機」
 教えを受ける人々の能力・資質を知る。
3.「時」
 教えを弘める、今の時代を知る。
4.「国」
 教えが弘まる国の宗教的環境を知る。
5.「序」
 仏法流布の歴史を検討して、弘まるべき教えを知る。

上に書いたのが「五義」ですが、日蓮宗においては「五義の教判」というもので示され、妙法蓮華経のお題目こそが末法の時代の人々を救う唯一の教えであると、五つの方面から論証しています。

今は末法の時代であり(時)、
人々の道徳心もすたれて仏の教えを理解する能力も低くなっていて(機)、
国全体としても偽の宗教がはびこり人心も乱れてしまっている(国)。
釈尊の一代は、「華厳時」、「阿含時」、「方等時」、「般若時」、「法華・涅槃時」として区分されているが(序)、
鑑みるに今必要とされるものは、釈尊が最後にお説きになった「法華経」に他ならない(教)。

と、わたしは理解していますが、「時」というものが重要な意味を持っていると思います。

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日蓮系宗派のブックマーク

※ 全日本仏教会加盟の日蓮系宗派

◇日蓮宗
 ○ 総本山:身延山久遠寺 (山梨県南巨摩郡身延町身延3567)
   http://www.kuonji.jp/

 □ 日蓮宗ポータルサイト
   http://www.nichiren.or.jp/

 □ 日蓮宗宗務院伝道部
   http://dendo.d-nichiren.jp/

 □ 日蓮チャンネル (日蓮宗映像センター)
   http://news.d-nichiren.jp/

 □ 日蓮宗新聞社
   http://news.nichiren-shu.jp/

 □ 電栄寺
   http://temple.d-nichiren.jp/


◆法華宗本門流
 ○ 大本山:光長寺 (静岡県沼津市岡宮1055番地)
       鷲山寺 (千葉県茂原市鷲巣48番地)
       本能寺 (京都市中京区寺町通御池下ル)
       本興寺 (兵庫県尼崎市開明町3丁目13番)

 □ 公式ウェブサイト
   http://www.hokkeshu.or.jp/


◆本門法華宗
 ○ 本山:妙蓮寺(京都市上京区寺ノ内通大宮東入妙蓮寺町)

 □ 妙法寺
   http://www.myouhouji.com/


◆本門佛立宗
 ○ 本山:宥清寺
      (京都府京都市上京区一条通七本松西入滝ヶ鼻町)
   http://homepage2.nifty.com/yuseiji/

 □ 公式ウェブサイト
   http://www.honmon-butsuryushu.or.jp/


◆法華宗真門流
 ○ 本山:本隆寺 (京都市上京区智恵光院通五辻上ル紋屋町)


◆法華宗陣門流
 ○ 本山:本成寺 (新潟県三条市西本成)

 □ 公式ウェブサイト
   http://www.hokkeshu.com/


◆顯本法華宗
 ○ 総本山:妙満寺 (京都市左京区岩倉幡枝町)
   http://www.kyoto.zaq.ne.jp/myomanji/top.htm

 □ 法華行者の会
   http://www5c.biglobe.ne.jp/~lotus/





※ 全日本仏教会に未加盟の日蓮系宗派

◇日蓮宗不受不施派
 ○ 本山:妙覚寺 (岡山市御津金川600番地)

◇不受不施日蓮講門宗
 ○ 本山:本覚寺 (岡山市御津鹿瀬)

◆日蓮正宗
 ○ 総本山:大石寺 (静岡県富士宮市上条)

 □ 公式ウェブサイト
   http://www.nichirenshoshu.or.jp/

◆日蓮本宗
 ○ 本山:要法寺
       (京都府京都市左京区法皇寺町新高倉通孫橋上ル)


・ 日蓮法華宗
 ○ 本山:正福寺 (福島市笹谷字三本松22の2)

・ 日蓮宗最上教
 ○ 本山:龍泉寺 (岡山市下足守900-1)





◇印の宗派は、旧一致派
◆印の宗派は、旧勝劣派

 一致派は法華経の前半の迹門と後半の本門は同じ価値があると主張したのに対し、勝劣派は迹門よりも本門のほうが価値があると主張した。

日蓮系宗派の分派の歴史は、主に、一致・勝劣の論争と、受不施か不受不施かの論争(国主の供養を受け取る受け取らない、出仕するしない)による。






※ 便利なサイト

 □ 全日本仏教会
   http://www.jbf.ne.jp/


 □ 本山へ行こう!
   http://hachisu-net.com/sankeinavi/link-honzan.html

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今月は、うちのお寺も、祖父のお寺にも行きました。

9月はお彼岸もありましたね。

お彼岸は彼岸の入りから明けまで7日間あるんですが、今年は9月20日が彼岸の入りで、23日が中日(球団では無いですゾ…念のため)、26日が彼岸明けでした。
23日には、うちの菩提寺の常妙山法宣寺で秋季彼岸会法要があって行きました。

お彼岸には、”六波羅蜜行”と呼ばれる六つの修行をすると良いのだそうです。

 1.布施(ふせ)   ~ 誰にでも親切にし
 2.持戒(じかい)  ~ きまりを守って
 3.忍辱(にんにく) ~ 困難にも耐えて

 4.精進(しょうじん) ~ 努力を惜しまず
 5.禅定(ぜんじょう)~ 心をおちつけて
 6.智慧(ちえ)   ~ 正しい心を持つ

簡単そうに見えますよね。 でも意外と難しい。
お彼岸の前三日間で1.2.3を、後三日間で4.5.6を修行し、間がお中日だそうな…

せっかくだから、このお話はお彼岸前に出来ればよかったんですけどねえ。

ところで、
うちは、わたしの父の代から日蓮宗になったのですが、祖父は浄土真宗本願寺派(西本願寺)でした。
その祖父の菩提寺が、熊本県菊池市にあります。 立石山西覚寺(今年の春の記事~参考までに)というお寺です。
祖父の十三回忌以来、わたしもこのお寺に、年に三回(春・秋の彼岸と御正忌(親鸞聖人の命日))だけ、お参りしています。
うちの宗派である日蓮宗の宗旨からいえば、あまり良いこととはいえない(法華経の弘通を妨げる)のかも知れませんが、祖父が眠っているお寺も大事にしたいなあと思っています。

その西覚寺の秋季永代経供養会は13日から15日にかけてあったので、15日の最終日にお参りしてきました。
西覚寺はとても大きなお寺で、裏には広大な庭園があります。
Rimg0638s
このときには、楓がもう色づいてました。


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蓮池には睡蓮も咲いています。



秋は確実に深まっていっています。

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霊雲山天龍寺 奥の院・立神 にて 柴燈護摩

 8月6日、鹿児島県南さつま市(旧 加世田市)の霊雲山天龍寺奥の院・立神にて、柴燈護摩法要があり、お手伝いをしてきました。

場所の地図

               (MapFan地図 著作:インクリメントP㈱)

Rimg0552s奥の院の立神には初めて来たのですが、「陰陽石」とも「立神」とも呼ばれる奇岩がそびえています。


Rimg0550s陰陽石(立神)です。
根元には梵字が彫ってあるそうです。
それにしても、よく上に乗っている岩が落ちないものです。

天龍寺のご住職には、霊的なことで大変にお世話になり、そのご縁でお参りをさせていただいてます。
宗派は、真言宗醍醐派です。 本院は日置市吹上町にあります。

ここの奥の院・立神は、数年前の犠牲者が多数出た豪雨災害の時にかなり被害を受け、中でも不動明王像は流されて滝壷に沈んでしまい、2年ほど前になんとか見つけだして元の所に安置されました。
不動明王像が元の所に無事に安置されて開眼供養があった時にも柴燈護摩がされたのですが、わたしは用事で行くことが出来ず今回が初めての参拝です。

今回は、行者堂の修復後の開眼供養で柴燈護摩がされます。
行者堂には、役行者(えんのぎょうじゃ)様が祀られています。
修験道の御開祖です。

わたしも黄色の法衣に着替えるように言われて、いろいろなお手伝いをいたしました。
Rimg0537s
わたしは、柴燈護摩法要の中の剣の儀で、真剣で九字を切りました。


Rimg0539s_1
点火後、煙が立ち昇ります。
正面の緑色の屋根が行者堂です。


Rimg0544s
炎が勢いよく燃え上がります。


この護摩壇の煙や炎の中に、ときおり竜神様が現れるそうです。

尚、この奥の院・立神は普段は無人で、通常、ご住職は日置市吹上町の本院にいらっしゃいます。
霊雲山天龍寺本院の場所の地図
               (MapFan地図 著作:インクリメントP㈱)

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枝垂れ桜が綺麗でした。

今日は、朝の7:30から菩提寺で信行会があって行ってきました。
先代のご住職が身延山から送っていただき植えられた枝垂れ桜が、とっても綺麗に咲いていました。
Rimg0359s桜のかげでわかりずらいですが、写真の中央少し右にあるのが、加藤清正公の正室、清浄院殿妙忠日寿大姉の供養塔です。


常妙山 法宣寺
熊本市川尻5丁目4-25  この場所の地図
               (MapFan地図 著作:インクリメントP㈱)


今日の信行会では、妙法蓮華経第二十一・如来神力品の中から、
「要を以って是を言わば~」の部分の練習と
懺悔文(さんげもん)の練習をしました。

懺悔文では、たくさんの罪業が書かれていて、いちいち身に覚えがあるものですがら、ホント反省させられます。

「子となりて親を嘆かしめ
 弟子となりて師をば軽ろんじ
 従者となりて主に背き
 夫となりて妻を虐げ
 妻となりて夫を剋し
 姑となりて嫁を憎み
 嫁となりて姑に逆らい
 兄弟姉妹牆(かき)にせめぎ
 恩を怨(あだ)にてかえし
 他人の不利を計り
 約束を守らず
 悪口・両舌・妄語・綺語をもてあそび
 邪淫を行い
 乱暴を働き
 殺生し
 偸盗をなし
 強情にして人と和せず
 冷酷にして人を愛せず
 驕慢にして他をないがしろにし
 執念深くして他を怨み
 非道にして他を苦しめ
 強欲にして物を惜しむ…」
 …このようにして、自分の利のみ図って食べ遊び自分の骨となし肉となしている。
  だから病気や怪我やあらゆる災いから逃れられるわけがないではないか…

と懺悔文に書いてあります。
だからこそ、深く懺悔の心をおこして、行いを正しましょうと…
そうすれば太陽が霜を融かすように罪業は消えて行くでしょうと…

常に反省の気持ちを持たなければ…ネ
(自分に言い聞かせ)

前の記事(H18.01.12)へ

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七面山妙巌寺

荒尾市樺というところに、七面山妙巌寺というお寺があります。
日蓮宗です。 わたしの父方の祖母がたいへん信仰していたと話を聞いています。
一つ前の記事で話題に出したので、お寺の紹介をします。

七面山 妙巌寺
熊本県荒尾市樺2735  この場所の地図
               (MapFan地図 著作:インクリメントP㈱)

20051017007s

お寺の入り口です。 下ったところに川(菜切川)があり橋を渡ります。

20051017008s

山門の手前です。
夏に撮った写真なので、気持ちいいくらい木々の緑が濃いです。

20051017009s水行場です。
南無妙法蓮華経の文字が彫ってある岩があり、その横に少し深くなっている所は「小盥(こだらい)」と呼ばれてます。ここで身を清めて滝行をします。 しかし今は滝が使えないそうです。

RIMG0287s

七面堂です。 七面大明神をお祀りしてあります。 七面大明神は女性の神様で、総本山は山梨県身延の七面山です。 法華経の行者を守護するといわれています。

RIMG0288s

祖師堂です。 七面堂の横の階段をずっと登った上にあります。 日蓮大聖人をお祀りしてあります。


このお寺の縁起は、次の通りです。

江戸時代の初め頃、小岱山はかなり荒れた山となっていて、山を鎮める為に上樺の村に住む荒牧藤助という人が、身延山に入り荒行をしたうえで七面大明神の御仏像を請い受けて、菜切川の最上流の「八丁どんどん」という所に御堂を建ててお祀りしたのが始まりです。
霊験あらたかなことから、各地から参詣者が集まりましたが、明治20年代に大雨による山津波に御堂が呑み込まれてしまいました。
ところが七面大明神の御仏像は今の七面堂の真下に位置する巨岩の上に鎮座していたとのことです。
今でも、遠方から参詣者がお参りに来られます。

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初弘法の日

21日は弘法大師のご命日です。
と、いうわけで、今日は今年最初の21日なので、初弘法の日です。
きっと、あちらこちらの真言系のお寺では、初弘法会があったことでしょう。

わたしの住む地区には、大師堂があります。
(「大師堂」は「だいしどう」と読みます。弘法大師をお祀りする御堂です。 もし「たいしどう」と濁らずに読めば「太子堂」となり、聖徳太子の御堂という意味になります。)
うちからほんの200メートルくらいのところにありますが、あまりそちらの方には用事がなく、今までお参りしたことがありませんでした。
今日は初弘法の日ということもあり、お参りしたいと思い立ち、夕方行ってきました。
RIMG0231s
「広木弘法大師堂」です。 御堂は平成16年に建て替えられました。
元々は、現在地から4~500メートルほど東の、現在は公園になっているあたりにあったとのことですが、戦時中の昭和18年にその土地が軍需工場(三菱航空機製作所)になるために強制買収で収用されて、現在地に遷座されたとのことです。

RIMG0232s
ここのお大師さまは石に刻まれ彩色されたお姿です。
とてもやさしそうな感じがします。
町内のかたがお花を供えて綺麗にされています。

広木弘法大師堂の場所の地図
               (MapFan地図 著作:インクリメントP㈱)

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今日は13日金曜日だけど…

今日は1月13日で金曜日です。
わたしは仏教徒なので、イエス・キリストさまの最後の晩餐に13人出席していようが、磔になられた日が金曜日であろうが、あまり気にはしていなかかったのですが、ひょいと車のメーターを見たら、”31313”だって!! ↓
RIMG0189p
なにかの暗示かなあ??

それでも、仏教の方では"十三佛"という言葉があるし、お月様の”十三夜さま”が魔を除けてくれた昔話だってあるし、13という数字もそうそう悪くはないと思うのですが… わたしがひとり思っているだけかなあ??

ちなみに"十三佛"というのは、

一、不動明王
     ご真言: のうまく さまんだ ばさら だん せんだ まかろしゃだ そわたや うんたらた かんまん

二、釈迦如来
     ご真言: のうまく さまんだ ぼだなん ばく

三、文殊菩薩
     ご真言: おん あらはしゃのう

四、普賢菩薩
     ご真言: おん さんまや さとばん

五、地蔵菩薩
     ご真言: おん かかかび さんまえい そわか

六、弥勒菩薩
     ご真言: おん まい たれいや そわか

七、薬師如来
     ご真言: おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

八、観自在菩薩
     ご真言: おん あろりきゃ そわか

九、勢至菩薩(せいしぼさつ)
     ご真言: おん さんざん ざんさく そわか

十、阿弥陀如来
     ご真言: おん あみりた ていぜい からうん

十一、阿しゅく如来 (「しゅく」の字がフォントにない為、ひらがなで書きました。門構えに人が三つ入った文字。)
     ご真言: おん あきしゅびや うん

十二、大日如来
     ご真言: おん あびらうんけん ばざらだとばん

十三、虚空蔵菩薩
     ご真言: のうぼう あきゃしゃきゃらばや おん あり きゃまり ぼり そわか

です。

ご真言は真言宗で唱えられているものです。 天台宗では少し違うようです。
例えば、不動明王のご真言の「まかろしゃだ」の所は、天台宗では「まかろしゃな」と唱えられているようです。
まあ、いろんな方言があるようなものでしょうか? 違っていたらゴメンナサイ。

なお、真言については、 ウィキペディア・フリー百科事典に載ってました。 → こちら

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今日は菩提寺の初題目講

今日はうちの菩提寺の新年最初の大きな法要「初題目講」でした。
最初寒かった本堂もお参りの人が増えたら、ずいぶんと暖かくなりました。

今日はうちの菩提寺の紹介をします。

常妙山 法宣寺
熊本市川尻5丁目4-25  この場所の地図
               (MapFan地図 著作:インクリメントP㈱)

JHosenji01
山門です。

JHosenji02
本堂です。
 
 
JHosenji03加藤清正公奥方「清浄院殿妙忠日寿大姉」の供養塔です。
RIMG0306s

供養塔の脇に立っている碑です。




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本堂の北側にある六地蔵塔です。






【寺歴】
日蓮宗。 本尊は十界曼荼羅。
当山は、慶長6年(1600年)加藤清正公奥方、水野和泉守息女徳川家康公養女清浄院殿妙忠日寿大姉の菩提を弔う寺として、下益城郡三十町村に富合町廻江(まいのえ)の藤井六弥太外護の下、肥後本妙寺開山發星院日真上人によって創立された。
本妙寺配下三末寺頭の一つで、俗に清正寺と呼ばれた。
清正公支配期に現在地に移したと伝えられる。(慶長18年創立の説あり{肥後国誌による})
楼門形式の山門は、寛延2年、十五世隆旭院日體上人の代に建立。
本堂は享和元年、本立寺第十世秀孝院日敬上人の再建で中興第二十世に迎えられる。
その後、西南の役等によって荒廃し、第三十一世智妙院日住上人によって大正9年に本堂御拝口、屋根の改修等によって旧観に復す。
再び寺門衰微し荒廃したが、第三十三世一音院日宣上人、第三十四世一常院日泰上人の下、壇信徒協力により、本堂、山門、庫裡の修復、屋根瓦葺き替えにより、寺観を一新し現在に至る。
境内には、加藤清正公が熊本城からの目標として命名した舞鶴松と呼ばれた名木があったが、昭和2年の台風で倒れた。
現在、本堂脇に清正公正室清浄院殿供養塔がある。 本堂北側には室町中期作の六地蔵塔がある。
川尻小学校発祥の地。

(お寺より配布の「寺歴」です)


【藤井六弥太】
藤井六弥太は肥後国下益城郡廻江の土豪で関が原の戦いの際は西軍小西行長公に味方した。
小西行長公の居城宇土城を攻める加藤軍を浜戸川で迎え討って川から一歩も宇土側に侵入を許さなかった。
しかし西軍が敗れて小西行長公が滅んだ後、加藤清正公から呼び出された際に死をも覚悟して白装束にて参上した。
加藤清正公はその心意気や天晴れとしてお咎めもなかった。
公の信頼も厚く正室清浄院殿の菩提寺(当山、常妙山法宣寺)建立を命じられた。

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川尻小学校発祥の地の碑です。






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12月8日は…

今日は12月8日 釈尊成道会(しゃくそんじょうどうえ)です。
お釈迦様が菩提樹の下で、朝日を浴びながら、覚りを開かれた日です。

というわけで、今日は菩提寺での法要に行ってきました。
わたしの菩提寺では、保育園もされていて、毎年この成道会の後、園児による楽器の演奏・歌・劇の発表会があります。

まず、年中さんの和太鼓演奏二曲。(「ふうか」 と 「エルクンバンチェロ」)
次に、年少さんの合唱二曲。(園歌「かわしり保育園の歌」 と 「さんぽ(となりのトトロ)」)
最後に、年長さんによる劇、「お釈迦様」
子供たちは、とっても元気でかわいくって、たくさん元気をもらってきました。
そして、みんな上手にできました。

その後、園児たちと一緒にお食事。
園児たちの間に大人が座ってお食事をします。
今年は男の子が少なくって、わたしのまわりは女の子三人。
「この前も発表会があったの」 とか 「バスで行ったよ」とか、たくさんお話してくれました。
今は家庭でも親子の会話が少なくなっているとのことで、”おじいちゃんやおばあちゃんとお話をしよう”という園の試みで、一昨年からこの食事会があっています。(わたしはまだ『中年』ですが…(爆っ) )

でも一人の子が、「今日はおとうさんもおかあさんも来ていないの」と、言っていたのが少し気になりました。
「お仕事なの?」と聞いたら、うなづいていました。
おとうさんやおかあさんも、お仕事がなかなか休めなくて、大変なのでしょうね。
女性の社会進出推進とかいろいろあってるけど、会社からの子育ての支援はしっかりと欲しいものだなあと思いました。
もちろん、父親も子育てで気軽に休暇が取れるようにしてもたいたいなあ。

こんなこと書いてるけど、考えが浅いかなあ???

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ちょっと風邪ぎみ。

今日は一日中寝倒してしまいました。
ホントは朝から団地の清掃だったんですが、起きたときには済んだ後…
ああ~起きなくっちゃと思っていたら、鼻水がダラダラと出てきて、こりゃいかん! と、思い、
葛根湯を飲んでまた布団の中へ… 今はおさまったようです。

ところで
昨日は、SAGA~~さが~~ の 佐賀県まで行ってきてしまいました。

昨日の19日は、七面様のご縁日だったので、荒尾市にある七面山妙巌寺というお寺に行ったのですが、荒尾まで来たのなら、もうすこし頑張って足を伸ばせば佐賀県の小城市にある光勝寺というお寺まで行けるゾ!と思い行ってみたのです。
その光勝寺というお寺は、日蓮宗にいくつかある本山の中で、唯一、九州にある本山です。

14時ころ荒尾を出発して、16時には小城に着いたのですが、地図も何も持っていないので、たまたま見かけた仏具屋さんに道を尋ねました。 看板があるとのことだったので、その看板を探すのですがなかなか見つかりません。
30分ほど行ったり来たりを繰り返し見つけたのが
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←”鎮西本山”と書いてある、この看板です。 (帰るときに撮影)

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交差点を右に曲がり、しばらく行くと門がありました。総門のようです。

ようやくお寺に着きました。 ちょうどお上人さんが出てきていたので、お参りしたいのですが良いですかと聞くと、どうぞ、と快く迎えてくださりました。
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お寺の本堂です。 慶長年間の建造ということです。 慶長といったら江戸時代初期ですから、約400年前です。
中でお経をあげさせていただきました。

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中門のところにあった由来を書いた看板です。 下総国(千葉県北部)の豪族の千葉氏が、この肥前国小城の地も治めていて、この千葉氏により建てられたお寺です。 開山の日祐上人は千葉氏の出です。

余談ですが…
この小城市は羊羹が有名で、村岡屋という老舗があります。
村岡氏と千葉氏は同族(平良文【平将門の叔父】が祖)なので、たぶん千葉氏がこちらへ来たときに一緒に来たのでしょう。
あとでお上人さんと話をしたときに、光勝寺の檀家さんにも三軒ほど、村岡さんがいらっしゃるとのことでした。
わたしも苗字は村岡なのですが、わたしの方の先祖は関東武士・児玉党の一派の小代氏が荒尾の野原庄の地頭になり、本拠の武蔵国大里郡からこちらに来た時に一緒に来たようです。(想像ですけど…)
どちらも鎌倉時代だから古~~いお話です。

千葉氏に関して研究されている、藤田敏夫さんという方のHPがありました。
http://www.ryomonet.co.jp/p-soft/chiba/index.html


それにしても…帰りに羊羹を買うのを忘れてしまいました。
残念~~

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海に行ってきたよ~ その後山にも行ったよ~

今日も暑っつ~~い!
どこか涼しいところはないでしょうか?
というわけで、昨日の話ですが、海を見に行って来ました。
熊本市河内町河内港の近く(30秒ほどのビデオです。 2MあるのでDLに時間かかります)
この場所の地図(MapFan地図 著作:インクリメントP㈱)

う~み~は~ ひろい~な~ おお~き~い~なあ~~
大きく口を開けて、大声で歌って気持ちよかったです。
でも、ここもやっぱり暑かった~

そこで、この近所にかの宮本武蔵が籠もって五輪の書を書いたという所があるので行ってみました。
そこは、雲巌禅寺の境内にある霊巌洞という所です。 通称は岩戸観音。 ご本尊は馬頭観音です。
ビデオを撮った海からは、車で10分くらいのところです。とはいえ歩けば1時間はゆうにかかります。
この場所の地図(MapFan地図 著作:インクリメントP㈱)

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まずは、本堂の前でお経をあげました。 あいにく完全に記憶しているのは般若心経だけなので、それだけをお唱えしました。
ここは観音様なのであげるなら観音経(妙法蓮華経観世音菩薩普門品第二十五)のほうがよかったのですが、完全に覚えていないので今度来るときにはお経本を持ってきてあげさせてもらおうと思いました。

霊巌洞は拝観料が必要です。 200円を納めて入場しました。 ちなみにこのお寺は檀家を持たないお寺なのでこうした料金で維持管理をされています。
入ってすぐに五百羅漢がず~~っと並んでおります。
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五百羅漢は江戸時代に熊本の豪商が寄進したものです。
地震や大雨、日照りなどでほとんどが傷んでおりますが、おごそかな雰囲気がします。

そこを抜けますと、
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霊巌洞です。 雲巌禅寺の奥の院です。
宮本武蔵はここで五輪の書を書きました。
静かな山奥。 蝉の鳴く声しかしません。
こころなしか、すずしい風がとおりぬけていったようでした。

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夏越の大祓い

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今日6月30日は一年の真ん中の日です。
全国あちこちの神社で夏越の大祓いがあっております。
うちの近くの健軍神社(けんぐんじんじゃ)にも茅の輪が設けられ、訪れた参拝客が茅の輪くぐりをして半年の罪穢れをはらい健康を祈願しておりました。
茅の輪くぐりの作法は、男性は茅の輪をくぐって左へまわって、またくぐり右にまわって、もう一度くぐって社殿正面に進みます。
女性は逆に茅の輪をくぐって右へまわって、またくぐり左にまわって、もう一度くぐって社殿正面に進みます。
これで半年間の罪穢れをはらって健康になれるということです。

健軍神社は熊本市内でも最も古い神社で、欽明天皇(第29代天皇)の頃の創建の神社です。
御祭神は、健緒組命(健軍大神)、健盤龍命(たけいわたつのみこと:阿蘇大神)などです。
阿蘇神社は皇宮守護のため東を向き、健軍神社は朝鮮半島の新羅を鎮退するため西を向いているとのことです。
健軍は「けんぐん」と音読みで読みますが、訓読みで「たけみや」と読むこともあるようです。

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ダライ・ラマ法王 講演会・法話会

 今、チベット仏教の指導者のダライ・ラマ法王が、熊本にいらっしゃっています。
玉名市にある蓮華院誕生寺というお寺が、25年ほど前から海外ボランティアのNPO法人を運営していて、10年ほど前からチベット難民の方たちの援助をしてこられたことで、ダライ・ラマ法王とのご縁が出来、今回、NOP法人設立25周年にあたり、ダライ・ラマ法王が招聘に応じてくださったとのことです。

 一昨日の10日には熊本市の県立劇場で講演会がありまして、今日12日は玉名市の蓮華院誕生寺奥の院で法話会がありました。 わたしは、両方とも行ってきました。 このような世界的に有名なかたにお会いできるのは、めったにありませんし、仏教には少なからず関心があるからです。

 10日の講演会では、愛情や思いやりや尊敬の心での行動が平和を作り、人は誰でも始めからそのような心を具えているんだよ。 というようなお話でした。

 今日12日の法話では、もっと仏教に踏み込んだお話でして…
すべてのものは他に依存して存在していて、名前を与えられて仮に存在しているものなのです。
自分が他とは全く独立した自我であるという認識が無明を生じ、無明が苦を作っています。
たとえば、一人の人が同じ物(事象)をある時は好ましく思い(執着を起こす)、ある時は不快に思ったり(怒りを起こす)します。 一つの物(事象)であるのにもかかわらずです。
つまり、絶対的自我があると信じているので、ものの本質が実は見えていない。 それが苦を作っています。
自我は他に依存していて、本当は存在していない=無我(空)の境地、それを段階的に知っていくことで苦しみから離れることができて行きます。
…大体、このようなお話だったと思います。

ダライ・ラマ法王は、ほんとに気さくな感じのかたで、10日の講演会では、法話ではないからと、用意してあった玉座には座られず、簡素なテーブルと椅子に腰掛けて話されました。 今日の法話会では、五重塔の2階部分にこしらえられたステージで話されたので風が強く、途中で「大体において坊さんの頭は頑丈にできていますが、風がつよいので失礼します」と言われて、衣で頭を覆われたり、最後に「みなさん、お疲れではないですか?」とお聞きになられたり、楽しいかたでした。

明日は蓮華院誕生寺本院で法要があり、その後、ダライ・ラマ法王は、金沢へ行かれるそうです。

↓蓮華院誕生寺URL
http://www.uproad.ne.jp/rengein/

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